「北アルプスの最奥地」と聞くと、どこを思い浮かべるでしょうか。
槍ヶ岳でしょうか。
穂高岳でしょうか。
あるいは水晶岳や鷲羽岳、雲ノ平でしょうか。
実は、「北アルプスの最奥地」という言葉に、はっきりとした境界や決められた山があるわけではありません。
登山の世界では、登山口から遠く、山深く入り込んだ場所にある山域を指して使われることが多く、その代表として挙げられるのが、北アルプスの中央部から南東部にかけて広がる山々です。
特に、水晶岳、鷲羽岳、三俣蓮華岳、黒部五郎岳、雲ノ平などが集まる一帯は、「北アルプスの最奥部」と呼ばれることがあります。
地図を見ると分かります。
長野県側からも富山県側からも遠く、山の向こうにさらに山が続いている。
道路は近くまで入ってきません。
ロープウェイもありません。
途中まで車で行って、そこから少し歩けば山頂、という場所でもありません。
自分の足で何時間も、場合によっては何日も歩いて、ようやくたどり着く場所。
それが北アルプスの最奥地と呼ばれる場所です。
「最奥地」という名前の山があるわけではない
まず知っておきたいのは、「北アルプス最奥地」という正式な地名があるわけではないということです。
北アルプスには飛騨山脈という大きな山域があり、その中に槍ヶ岳や穂高岳、立山、剱岳、白馬岳など、数多くの山があります。
その中でも登山口から遠く、交通手段によるアクセスが限られる場所を、登山者が「奥地」「最奥部」と表現しています。
そのため、人によって「最奥地」と考える範囲は少し違います。
例えば、富山県側の黒部峡谷の奥にある山々を最奥地と感じる人もいます。
一方で、長野県側から見て、槍ヶ岳や穂高岳よりさらに奥へ入った水晶岳や雲ノ平周辺を最奥地と考える人もいます。
つまり「ここからが最奥地」という線が引かれているわけではありません。
それでも、多くの登山者が最奥の山域としてイメージする場所があります。
それが、水晶岳や鷲羽岳、雲ノ平、黒部五郎岳などがある一帯です。
なぜ「最奥地」と呼ばれるのか
理由は、とても単純です。
遠いからです。
もちろん距離だけで山の奥深さが決まるわけではありません。
しかし北アルプスの最奥部には、登山口から直接山頂へ向かうようなルートがほとんどありません。
例えば新穂高温泉から入山した場合、最初は笠ヶ岳や槍ヶ岳方面へ向かう登山者も多くいます。
しかし、そこからさらに山の中へ進んでいくと、双六岳、三俣蓮華岳、鷲羽岳、水晶岳、雲ノ平などが現れます。
どこか一つの山へ登るだけでも、それなりの距離になります。
さらに周辺の山を歩こうとすると、山小屋に泊まりながら何日もかけて縦走することになります。
北アルプスの有名な山は数多くありますが、最奥部の山々には、
「日帰りでちょっと行ってくる」
という感覚が通用しにくい場所が多いのです。
そこに「奥地」と感じる大きな理由があります。
雲ノ平は「日本最後の秘境」とも呼ばれる
北アルプスの最奥地を語るとき、どうしても外せないのが雲ノ平です。
雲ノ平は、北アルプスの山々に囲まれた広大な高原です。
周囲には水晶岳、鷲羽岳、薬師岳、黒部五郎岳などの山々があり、その中央に広がるように高原が存在しています。
「日本最後の秘境」と呼ばれることもある場所です。
もちろん「秘境」という言葉に厳密な定義があるわけではありません。
しかし、実際に地図を見ると、その表現が使われる理由が分かります。
周囲を高い山に囲まれ、一般道が近くを通っているわけでもありません。
雲ノ平へ行くためには、まず山へ入らなければなりません。
そして、その先にさらに歩いてたどり着く必要があります。
登山口から雲ノ平だけを目的地にしても、簡単な山歩きにはなりません。
その遠さそのものが、雲ノ平の魅力でもあります。
水晶岳は「最奥」を感じやすい山
北アルプスの最奥地という言葉から、特に水晶岳を思い浮かべる人も多いでしょう。
水晶岳は標高2,986m。
富山県と長野県の県境付近に位置する北アルプスの山です。
この山の特徴は、単純に標高が高いことではありません。
周囲の山々からさらに奥へ入り込んだ場所にあることです。
新穂高温泉から向かう場合でも、まず長い林道歩きや登りを経て双六方面へ進み、さらに三俣蓮華岳や鷲羽岳周辺を越えていくことになります。
もちろんルートによって異なりますが、水晶岳だけを目的にしても、かなり長い山行になります。
そのため、北アルプスの山をいくつも登ってきた人が、
「最後に残ったのが水晶岳だった」
ということも珍しくありません。
山そのものの難易度だけではなく、そこへ行くまでの長さが、水晶岳を特別な山にしています。
鷲羽岳は最奥地の中心にある
水晶岳と並んで、鷲羽岳も最奥部を代表する山です。
標高は2,924m。
山頂からは、北アルプスの奥深い山々を見渡すことができます。
そして鷲羽岳の面白いところは、単独で孤立した山ではないことです。
三俣蓮華岳、双六岳、水晶岳、雲ノ平などへつながる縦走路の中にあります。
そのため、
「鷲羽岳に登る」
というより、
「北アルプスの奥へ入り、鷲羽岳を越えてさらに先へ行く」
という登山になることがあります。
槍ヶ岳や穂高岳のように、遠くから見てもすぐに分かる象徴的な山とは違います。
しかし、一度この山域を歩くと、その存在感が分かります。
黒部五郎岳も最奥地を代表する山
黒部五郎岳も、北アルプス最奥部を語るうえで欠かせません。
標高2,839m。
山頂付近は大きなカールを抱え、その独特な地形が魅力になっています。
黒部五郎岳も、登山口から簡単に到達できる山ではありません。
新穂高温泉から向かう場合は、双六岳、三俣蓮華岳などを経由して進むことになります。
つまり、黒部五郎岳へ向かうこと自体が、すでに北アルプスの奥へ入っていく行為なのです。
山頂だけを見るのではなく、そこへ至るまでの道のりも含めて楽しむ山。
それが黒部五郎岳の魅力でもあります。
最奥地には「便利さ」がない
北アルプスの最奥部を歩いていて感じるのは、便利ではないことです。
登山口まで車で行ける場所があっても、そこから先は自分の足で歩くしかありません。
疲れたから車で帰ることもできません。
途中でコンビニに寄ることもできません。
忘れ物をしても、簡単に買い足すことはできません。
天候が悪くなっても、すぐに下界へ戻れるとは限りません。
だからこそ、最奥部へ行く登山には準備が必要です。
食料。
水。
防寒着。
雨具。
地図。
そして、山小屋の営業状況やルートの状態。
都会の登山とは違い、山の中へ入れば入るほど、自分で判断しなければならないことが増えていきます。
その不便さが、最奥地らしさでもあります。
それでも人が向かう理由
では、なぜそこまでして最奥地へ向かうのでしょうか。
景色が素晴らしいからです。
もちろん、それだけではありません。
「ここまで歩いてきた」という感覚そのものが、最奥部の魅力なのだと思います。
登山口から歩き始める。
樹林帯を進む。
峠を越える。
山小屋に泊まる。
翌朝また歩く。
山を越えて、さらに山を越える。
そうして何時間も歩いた先に、水晶岳や雲ノ平が現れます。
普段の生活では、これほど長い時間をかけて目的地へ向かうことはあまりありません。
だからこそ、そこに着いたときの感覚が違います。
「来た」というより、
「ここまで歩いてきた」
という感覚です。
北アルプス最奥地は「山の名前」ではなく「歩いた距離」
結局のところ、北アルプスの最奥地を一つの山で決めるのは難しいでしょう。
水晶岳なのか。
鷲羽岳なのか。
雲ノ平なのか。
黒部五郎岳なのか。
あるいは、そのさらに奥にある場所なのか。
人によって感じ方は違います。
それよりも「最奥」という言葉を、
登山口から遠く、長い時間をかけて歩かなければ到達できない場所
と考えたほうが分かりやすいと思います。
そう考えると、北アルプスの最奥部とは一つの地点ではありません。
水晶岳、鷲羽岳、雲ノ平、黒部五郎岳、三俣蓮華岳などがつながった、広大な山域そのものなのです。
槍ヶ岳よりも奥に山がある
北アルプスをよく知らない人からすると、槍ヶ岳は「北アルプスの奥深い山」という印象があるかもしれません。
確かに槍ヶ岳は登山口から遠く、簡単に登れる山ではありません。
しかし、地図を広げてみると、その先にはさらに多くの山があります。
槍ヶ岳から双六方面へ進み、三俣蓮華岳へ向かう。
そこから鷲羽岳、水晶岳、雲ノ平、黒部五郎岳へと山々が連なっていく。
有名な槍ヶ岳が、最奥部への入口のように感じられることさえあります。
これは北アルプスの面白いところです。
有名な山のさらに奥に、まだ知らない山がある。
そして、その山へ行くには、自分の足で歩くしかない。
だから北アルプスは、何度歩いても「まだ先がある」と感じさせてくれます。
「最奥地」という言葉に惹かれる理由
「北アルプス最奥地」という言葉には、どこか特別な響きがあります。
地図の端へ向かって歩いていくような感覚。
人の気配が少なくなっていく感覚。
山小屋や登山道以外に人工物がほとんど見えなくなる感覚。
そして、携帯電話の電波や道路の便利さから少しずつ離れていく感覚。
そこには、普段の生活とは違う時間があります。
もちろん、実際には登山道があり、山小屋もあります。
完全な未開の地ではありません。
それでも、何日も歩かなければたどり着けないという距離が、人の生活圏から遠く離れた感覚を生み出しています。
それが「最奥地」という言葉に惹かれる理由なのかもしれません。
一度は歩いてみたい、北アルプスの奥
北アルプスには、槍ヶ岳や穂高岳、立山、剱岳、白馬岳など、誰もが名前を知っている山があります。
しかし、その有名な山々のさらに奥には、また別の北アルプスがあります。
水晶岳。
鷲羽岳。
雲ノ平。
黒部五郎岳。
三俣蓮華岳。
そこへ行くには時間が必要です。
体力も必要です。
天候への判断も必要です。
それでも、一度その山域へ入ると、
「北アルプスにはこんな場所があったのか」
と思うような景色に出会えます。
そして帰ってきて地図を眺めると、
「ここを歩いたのか」
と、その距離の長さに改めて驚くことがあります。
北アルプスの最奥地とは、地図に「最奥地」と書かれている場所ではありません。
自分の足で長い時間をかけて入り込んだ、その先にある山々。
だからこそ、そこに立ったときには、山頂からの景色だけではない感動があります。
遠かった。
疲れた。
でも、来てよかった。
そんな気持ちにさせてくれる場所。
それが、水晶岳や鷲羽岳、雲ノ平、黒部五郎岳などが連なる、北アルプスの最奥部なのではないでしょうか。